平成22年12月5日、番町小学校 第102回(昭和49年)卒 同窓会が行われました。卒後36年で、初めての学年同窓会でした。
私たちは昭和37年(1962)の4月から12月生まれの寅歳、昭和38年(1963)の1月から 3月生まれの兎歳です。途中転校などがあった方もおりますが・・・多くの方は、昭和43年(1968)の4月に番町小学校の1年生として入学、昭和49年(1974)の3月に番町小学校を卒業しております。
はじめは6年2組のクラス会を考えていたのですが、担任であった島田稔先生から、「クラス単位で集まると先生が御健在のクラスは集まりやすいが、そうでないと集まらなくなってしまうので学年単位でおこなったほうが良い」との御助言を頂き、学年同窓会にいたしました。3年3組(とても仲が良かったとのこと)の時の担任であられた正田州男先生、図工の西野範夫先生にもいらしていただきました。
午前11時、番町小学校に集合し、我々の卒業制作作品である「飛龍の彫り物」の前と、校舎から校庭に出る中央の階段で記念写真を撮影しました。有馬校長先生のおはからいで、記念資料館(140周年記念事業のために準備中)の見学もさせていただき、その後、12時にニコニコ堂から日テレ通りに出る手前にあるスペイン料理 メソン・セルバンテスで会食をしました。開会宣言後、同窓会事務局長でいらっしゃる豊島快兒さんに来年行われる「140周年事業」のお話を頂きました。同窓会で初めて話をした方々もおりましたが、私たちが演じた「四辻のピッポ」、演奏した「アルルの女」、悩んだ?「東海道五十三次テスト」、「3分間テスト」、集会の大好きな番町小学校(鯉のぼり集会・・・ここから「たちまち龍になりぬべき・・」のフレーズより「飛龍」が生まれた)、全校ページェントなど懐かしい話が出てくると意気投合!すばらしい時間を過ごすことが出来ました。
特に、正田先生が持ってきて下さった「先生と生徒の連絡用紙?」には、当時のことが思い起こされるような「言いつけごと」や「夢」が書いてあり、皆の笑いを誘っておりました。15時に会食が終了し、お名残り惜しかったのですが先生方をお送りしてから二次会は神楽坂のスペイン料理「MATOI」、三次会は居酒屋「てけてけ」と素晴らしい一日を過ごすことが出来ました。
最後になりますが、今回参加出来なかった6年1組担任の五月女ミツ子先生から言付けがあり、同窓会に名前をつけるようにとのことでした。
満場一致で、第102回卒の同窓会名は「飛龍の会」と命名されました。
1組:中野隆司・金原秀明・重井直子・三沢千恵
2組:鵜澤昭彦・鯉沼憲次郎・松岡義彦・岡田尚子・安宅薫
3組:柏谷仰 3年3組 佐藤えりか
4組:岩崎典子
(敬称略)
幹事のみなさんありがとうございました。
(2010年12月10日記 第102回卒 竹川勝治)